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▲開橋から木津川上流を望む

 
 文学散歩も最終回を迎えました。今回は、南山城を貫流(かんりゅう)する木津川を詠んだ歌を紹介して、私の任を終えたいと思います。
 木津川は、古くは和訶羅(わから)川・山代川などと呼ばれ、王朝和歌の世界では泉川、そうして鎌倉期あたりから木津川の名で呼ばれるようになったようです。

古歌に詠まれた木津川
 先ず、日本最古の歌集『万葉集』の歌から、
@泉川渡り瀬深み我が背子(せこ)が
 旅行き衣濡れひたむかも
 旅の夫を思う妻の歌です。「泉川の渡り瀬が深いので夫の旅装が濡れるだろうかなあ」の意。古代、古北陸道を行く旅人は木津川を渡らねばなりませんでした。古代の歌では、木津川の激しい流れや水量の多さに対する詠嘆の念を含んだものが多いようです。
 王朝の和歌を代表して『古今集』の一首、
A都出(いで)て今日瓶の原泉川
川風寒し衣鹿背山(ころもかせやま)
「都を出て3日、瓶原に来た。泉川の川風が寒い、衣を貸してくれ鹿背山よ」泉川と付近の地名を巧みに詠み込んだ歌。「衣かせ山」の表現は、後世の歌に受け継がれてゆきます。
 平安時代や中世では、「泉」からの連想の故か、清らかで澄んだイメージを持つ泉川の歌が、多く詠まれました。

芭蕉木津川を下る
  江戸時代には、俳聖芭蕉が木津川を舟で下っています。元禄7年、芭蕉最後の旅、伊賀上野を出発して難波へ向かう旅でした。
「その日は必ず奈良までと急ぎて、笠置より河舟に乗りて銭司といふ所を過ぐるに山の腰すべて蜜柑の畑なり。されば先の夜ならん
・山はみな蜜柑の色の黄になりて 翁
  と承りし句はまさしく此処(ここ)にこそ候へと申しければ・・・」(支考(しこう)『笈(おい)日記』)
この翌日、芭蕉は奈良に着き、その時に
・菊の香や奈良には古き仏達
・青葉して御目(おんめ)の雫(しづく)拭(ぬぐ)はばや
の名句が生まれたのです。


近現代の歌
  近現代の歌では、まず長塚節(ながつかたかし)の歌。
Bやま桑の木津のはや瀬ののぼり舟 綱手(つなで)かけ曳(ひ)く帆はあげたれど
 明治36年、大阪から伊勢に向かう途中の作です。木津川の急流を上る舟を、岸から綱で引いてゆく様を詠んだ歌。舟は帆を揚げたまま引かれています。写実を重んじた節は、1枚の写真のように鮮やかに、当時の木津川の景を写し出しました。
 次に川田順の歌をあげましょう。
C木津川の川辺の道の隈もおちず 照り光りつつはるかなりけり
D木津川の河原竹薮ゆふ日せり 砂のほてりに堪(た)へつつ歩む
Eうつむきて吾が歩み来し川床の 砂の上なる子供の足跡
 大正11年刊、『山海経』所収。暑い夏の日に、恭仁京跡を指して、木津川のほとりを歩いて行く歌です。驚いたことに、順は河原の砂の上を歩いているようです。古老のお話では、ダムが出来る以前、木津川は水量の豊富さと共に、川原の砂も見事であったということです。
 最後に、もう二首のみ紹介しましょう。
Fみわたせばきづのかはらのしろたへに かがやくまでにはるたけにけり
Gわが車にはかに空を行く如し 木津の川原の広くみゆれば
 Fは奈良を愛した歌人会津八一の歌、大正14年『南京余唱』より。春たけなわの日差しを浴びて、木津川の川原が白く輝いている情景を詠んだ歌です。近現代の木津川の歌の代表作に推すべき名歌でしょう。
 Gは与謝野鉄幹の歌です。昭和6年『近畿遊草』所収。京都から奈良に行く途中に詠まれたものです。どことも特定できませんが、私達になじみ深い、広々とした木津川の景色が思い浮かぶ一首です。
 木津川は、実に多彩な景色と趣とに富んだ川であることを、改めて知らされます。
 1年間、JAより得がたい機会を与えて頂いたこと、また多くの方から励ましのお言葉を頂いたことに感謝し、擱筆(かくひつ)致します。



■著者プロフィール■
小西 亘(こにし わたる)
 
1958年、南山城村に生まれる。82年より京都府立高校に勤務。現在府立南陽高校国語科教諭。『注釈青谷絶賞』『「月瀬記勝」梅蹊遊記訳注』執筆。

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