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▲恭仁京京域図(足利健亮「古代地理研究」)

 
 「瓶原(みかのはら)」という美しい名を持つこの地は、古来多くの歌に詠み込まれ、一時期日本の都になった所でもあります。天平12年(740)、聖武天皇は、平城京から瓶原の恭仁京(くにきょう)に都を遷(うつ)しました。
 左上に掲げたのは足利健亮氏による恭仁京プラン復元図ですが、初めてこの図を目にした時は、驚きました。鹿背山(かせやま)・狛山(こまやま)などの山を取り込み、都の中を木津川がうねって流れます。まるで巨大な庭園のような、風光明媚(ふうこうめいび)の都ではありませんか。「布当(ふたぎ)の宮は 川近み 瀬の音ぞ清き 山近み 鳥が音とよむ」と、『万葉集』に讃(たた)えられたのも、尤(もっと)もなことと頷(うなず)けます。

大伴家持恭仁京の歌
 さて、この恭仁京は、大伴家持(おおとものやかもち)が青春時代を過ごした地でもあります。家持は、『万葉集』の代表歌人であるばかりでなく、その編纂者(へんさんしゃ)に擬(ぎ)せられている人物です。
 家持の恭仁京の歌を読んでみましょう。
・今造る久邇(くに)の都は山川の
 清(けや)けき見ればうべ知らすらし
 家持の恭仁京賛歌(さんか)。現在、恭仁大橋たもとに、この歌の歌碑が建っています。恭仁の山川の清らかなのを見ると、都としてお治めになるのはもっともだ、の意。遷都画策(かくさく)者である橘諸兄(たちばなのもろえ)の政権の一員であった家持は、新都造営(ぞうえい)に、期待を込めて参加したことでしょう。
・さ男鹿の朝立つ野辺の秋萩に
 珠と見るまで置ける白露
 瓶原の自然を詠んだ歌。「朝、男鹿が立つ野辺の萩に、珠のような白露が降りている。」凛(りん)としてすがすがしい、恭仁の秋の朝の気配が感じられます。鹿と萩の取り合わせは、もうこの時代からあったのでしょうか。
・一重山(ひとえやま)隔(へな)れるものを月夜(つくよ)よみ
 門(かど)に出(い)で立ち妹(いも)か待つらむ
 奈良の旧都に残した妻を想う歌です。「たった一重の山に隔てられているだけなのに。月が佳(よ)いので、妻は門に立って私を待っているだろうか。」一重山は、大和と山城を隔てる平城山(ならやま)のこと。恭仁と奈良は近い距離ではありますが、任務を終えて夜妻を訪れることは、そう度々は出来なかったのでしょう。
・わご大君天知(あめし)らさむと思はねば
 凡(おほ)にぞ見ける和束杣山(わづかそまやま)
 17歳で急逝(きゅうせい)した安積皇子(あさかのみこ)への挽歌(ばんか)。安積は、橘氏や大伴氏が推していた期待の皇子でした。家持は、皇子の死に、悲嘆と共に大きな打撃を受けたのでした。安積皇子の墓は、和束町白栖(しらす)に今も残ります。
 家持の期待した恭仁京は、わずか3年余りで幕を閉じました。『続日本紀』は「恭仁京の市人平城に徒(うつ)る。暁夜も争ひ行き相接(あいつ)ぎて絶ゆることなし」と伝えています。


▲内藤湖南「恭仁山荘」
内藤湖南と恭仁山荘
  瓶原はまた、東洋学の巨人内藤湖南(こなん)が晩年を過ごした地でもありました。湖南の偉大な学問については、私には語ることが出来ませんが、京都学派の泰斗(たいと)、吉川幸次郎・貝塚茂樹・桑原武夫といった人々が、敬愛の念をもって湖南の思い出を記しています。定刻から30分以上遅れて始まる講義、講義ノートなどは一切持たず、風呂敷に包んだ漢籍を1冊ずつ取り出しながらの名講義であったとのこと。湖南の朝寝坊は有名で、それは毎晩12時過ぎまで書斎が客であふれ、夜半から早暁までを研究に充(あ)てた為だったそうです。
 京都帝国大学退官後、瓶原村口畑に恭仁山荘を建てて隠棲、しかし湖南を慕う各界の人々が頻繁に訪れ、加茂駅前の人力車夫が、湖南への訪客だけで生活できる程であったといいます。湖南は瓶原の自然を愛し、殊(こと)に山荘からの風景は、氏の自慢でした。
 内藤湖南の瓶原の歌
・心あてにながめわたさむ朝ぼらけ
 霞こめたる笠置み山を
・水をあをみいさごを清み泉川
 夕ばえわたる頃のよろしさ
・浄瑠璃寺海住山寺の鐘の音
 ひびかはしけむそのかみしのばゆ
 恭仁山荘は、関西大学の所有となって今に残ります。静かな山荘の前に立つと、碩学(せきがく)の偉業と人格が偲ばれ、粛然(しゅくぜん)として、身の引き締まる思いがします。



■著者プロフィール■
小西 亘(こにし わたる)
 
1958年、南山城村に生まれる。82年より京都府立高校に勤務。現在府立南陽高校国語科教諭。『注釈青谷絶賞』『「月瀬記勝」梅蹊遊記訳注』執筆。

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