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▲御鉢釈迦如来像(光明寺蔵)
長岡京市教育委員会提供

 
 久御山町の春は、鉦の音(ね)とともにやってくる。
3月の声を聞くと、東一口(ひがしいもあらい)の安養寺では、「双盤(そうばん)念仏」の練習が始まる。双盤念仏とは、双盤(大型の伏鉦)を用いて念仏を詠唱する音楽的な引声(いんじょう)念仏の1つで、鉦講という組織によって伝承されてきたものである。
 念仏が行われるのは、安養寺の本堂で外陣(げじん)の一方に長床をしつらえ、その床に横一列に坐して奏される。念仏には大鉦と六字詰と呼ばれる2通りがある。講員は10人で、10丁の鉦を頭(かしら)と呼ばれる導師役の動作に合わせて9人が叩く。
 この双盤念仏は、毎年3月17・18日の春祭りに奉納されていたが、近年、祭りの日程が変更され、彼岸入りの前の土・日曜日に行われるようになった。
 安養寺の双盤念仏は、南山城唯一の伝承念仏であるが、この寺をさらに有名にしているのが、「弥陀次郎」の伝説である。
 崇徳(すとく)・近衛(このえ)天皇の御世というから、平安時代も終わりのころ、淀の一口に次郎という者が住んでいた。早くに両親と死別し、それからの次郎は放逸無惨な暮らしぶりで、いつしか人々から悪次郎とあだなされるようになった。
 ある日、次郎の家の前に1人の托鉢(たくはつ)の僧が訪れ、施(ほどこ)しを請うた。その日以来、毎日のように門口にたつ僧に腹を立てた次郎は、「今日の施しはこれだ」とばかり、僧の左頬に焼火箸を押しつけた。ところが僧は、怒った様子もなく立ち去っていった。不思議に思いその後をつけていくと、僧の姿は粟生(あお)の光明寺(長岡京市)の山内に消えた。そこで住僧に許しを請い、堂内に入ってみると、中尊釈迦如来像の左頬に火傷の跡があり、膿血が流れていた。驚いた次郎は、深く悔悛の情を起こし善行を行うようになった。
 その後、次郎は夢告によって淀川の神の木という淵に網を投げ入れ、一体の観音像を引き上げた。時に建久3年(1192)3月17日のことであった。
 以後、一層精進を重ね念仏の行者となった次郎を世の人々は弥陀次郎と呼ぶようになったという。
 この弥陀次郎伝説は、『山州名跡志』や『都名所図会』などの地誌類にもみえ、江戸時代には広く知られていた話であった。同様の伝説は、巨椋池(おぐらいけ)の南岸を取り囲むように、安養寺のほか、西方寺(宇治市五ヶ庄)・淀水垂(みずたれ)町の阿弥陀寺(京都市伏見区)にも縁起とともに伝承されている。
 また、次郎が拝した生身の釈迦像は、粟生光明寺の釈迦堂に祀られており、左手に鉢を持つことから、「御鉢(みはち)の釈迦」と呼ばれ、もとは、光明寺山内の金光院の本尊であったという。像の左頬には、伝承の起源になったと思われる傷が残っていて、「頬焼の釈迦」として広く信仰されている。
 
さて、安養寺の春祭りには、双盤念仏が奉納されることを冒頭に記したが、この鉦と念仏を合図に平素は秘仏として厨子の奥深くにおわす本尊十一面観音菩薩立像が開扉される。観音像は、このほか33年に一度、長期間開扉され、近くは昭和55年に7日間にわたって開扉が営まれた。


▲双盤念仏(安養寺)
 先述したように弥陀次郎伝説は江戸時代の地誌類に紹介され、また、安養寺は「城南近在三十三所観音巡拝」の1つに数えられるなど、近世以降この寺の観音に対する信仰は、ますます盛んになった。
 時代は下がるが大正7年(1918)の開扉(33日間)には向島(伏見区)・小倉(宇治市)の漁業者が船団を組んで、祭礼に参加したという。船に乗って観音の寺に参る情景は、観音信仰の行者が南海洋上にあるという観音菩薩の浄土、補陀落(ふだらく)山へ小船に乗ってこぎだす補陀落渡海の習俗を彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。
 かつて、人々は、巨椋池の象徴であった蓮に浄土を夢見、池を南海とみなし、観音のおわす寺を補陀落山と考えて、日々崇敬の念を抱いたに違いない。
 当地における観音信仰は、生業である漁業と深くかかわり、生活の一部として人々の生活の一部として人々の心の中にあったのであろう。それ故、安養寺の観音は絶対の仏として、今なお根強い信仰を集めている。

 
まさに、巨椋池は観音浄土そのものであったといえよう。  

 
■著者プロフィール■
西脇一修(にしわき かずのぶ)
(昭和24年9月15日生)
 現在 久御山町長寿健康課長、京都府文化財保護指導委員
主な著書
「京都府の地名、日本歴史地名大系26」(平凡社)
「久御山町史 全3巻」(久御山町)
「目で見る南山城の100年」(郷土出版社)
「京都・山城寺院神社大辞典(平凡社)」ほか

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