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▲上井手の小野小町の墓

 
 日本の歴史上、代表する美人を1人あげるとすれば、まず頭に浮かぶのが小野小町であろう。今日でも美人の代名詞として、それぞれの土地の名に「小町」という語を付して「○○小町」という言い方をするほどである。また、小町の名は秋田産のブランド米となった「あきたこまち」、さらには秋田新幹線の車号にも使用されるなど、私たちの日常生活の中に小町は今も生き続けている。
 小野小町は平安時代前期に実在した女流歌人で、『古今和歌集』の仮名序(序文)で紀貫之(きのつらゆき)は、小町の歌の風情を「よき女の悩めるところあるに似たり」と評し、当代を代表する6人の歌人(六歌仙)の1人にあげ、古今集には情熱的な恋愛歌を中心に18首の歌を残している。
 ところが小町は著名な歌人でありながら、生誕の地や終えんの地、さらには小町の本名や身分、親の名前などほとんど何も分かっていないのである。そのため小町をめぐる伝説は、全国各地に広がり、小町の実像をますますミステリアスなものにしている。
 小町伝説は平安時代中期ごろからうまれ、発展していった。伝説に描かれた小町には、美しい才能豊かな歌人小町と、老い衰えた小町とに大別できる。

 小町が活躍した舞台である京都付近には、小町の遺跡といわれる場所が10か所ばかりある。中でも深草少将の百夜通(ももよがよ)いの伝説が残る山科の随心院、小町老衰像や小町・深草少将の墓がある洛北市原の小町寺がよく知られている。
 小野小町は、南山城の井手町にもその足跡を残している。井手は古来より、山吹と蛙(かわず)の名所として知られ、あまたの詩歌に詠(よ)まれた所として名高い。歌枕として有名な井手は、平安貴族をはじめ多くの歌人・文化人の心のよりどころであり、あこがれの地であったのだろう。
 さて、それでは小町は井手にどのような足跡を残しているのであろうか。平安時代中期ごろに成立したと思われる『小町集』の中に、小町作として次の「山吹の歌」がある。
  色も香もなつかしきかな蛙なく井手のわたりの山吹の花
 今1つは、『冷泉家記(れいぜいかき)』に小町は井手寺の別当の妻で、69歳にして井手寺で亡くなったと記されている。井手寺は、橘諸兄(たちばなのもろえ)が建立した寺で上井手に至る道端に寺跡を残し、出土遺物や古記録によると、奈良時代から室町時代まで存在したようである。また、当寺には別当がいたことが史料にみえる。
 さらに、康治2年(1143)の『山城国井堤郷旧地全図』(写)には、春日社の参道のそばに五輪塔と思われる石塔を描き、大姉墳、小野小町墓と記している。現在、この小町の墓は、上井手の玉津岡(たまつおか)神社(旧春日社)の参道右手にあるが、五輪塔ではなく高さ約3メートル、四角形の大きな石を4個積み重ねたものに変わっていて、地元では「小町塚」と呼ばれている。
 井手の小町伝説を、全国に分布する小町伝説の1つにすぎないとみる向きもあるが、小町が都を離れてあこがれの井手に安住の地を求めたとしてもおかしくはない。
 井手は橘諸兄、その子奈良麻呂の旧地として知られるが、諸兄父子はおおらかさと優しさを兼ね備え、弱者に温かい目を注ぐ人物だったらしい。その気質はそのまま井手の人々に受け継がれ、都から来た小町を井手の里人は、優しく受け入れたと考えられないだろうか。

 先の「山吹の歌」は、小町が晩年に詠んだ有名な
  花の色はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに
という歌と一脈通じるものがある。
 山吹の咲きほこる井手の玉川堤を歩きながら、昔日の我が身を回想する小町の姿を想像するのは私だけであろうか。
 上井手の「小町塚」のすぐそばには、代々自主的に小町の墓の管理を続けられている家がある。また、昭和28年の南山城大水害で絶滅し、かつて小町もその美しい鳴き声を聞いたであろう井手の名物の蛙(カジカガエル)を蘇らせようとしている人々もいる。
 井手の小町伝説の真相は分からないにしても、ここには小町を慈しむように人と自然を大切にする気風がある。それは何よりもふるさとを愛する人々がいるからにほかならない。その心優しき井手の里人に熱いエールを送りたい。

 
■著者プロフィール■
西脇一修(にしわき かずのぶ)
(昭和24年9月15日生)
 現在 久御山町長寿健康課長、京都府文化財保護指導委員
主な著書
「京都府の地名、日本歴史地名大系26」(平凡社)
「久御山町史 全3巻」(久御山町)
「目で見る南山城の100年」(郷土出版社)
「京都・山城寺院神社大辞典(平凡社)」ほか

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