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▲正徳洪水を語る阿弥陀石仏と台座




【石に刻む回向の心】
 江戸時代に入ると、大洪水の記録は、村むらの人たちによって数多く書かれるようになってきた。
 何回となく引き起こされた木津川筋の大洪水のなかでも、江戸時代のこの地の2大洪水の1つである「正徳(しょうとく)洪水」は、大きな被害をもたらした。
  村むらのさまざまな文書記録とともに、亡くなった人びとを供養する石仏が今日に伝えられている。
 木津町木津町(まち)西垣外に在る正覚寺の山門を入ったすぐ右手に、6角形の台座の上に阿弥陀石仏が安置されている。台座の6面すべてを使って銘文が刻まれていて、この石仏造立の由来を知ることができる。

 『正徳二年辰八月十九日洪水によって 此川筋の近在辺境の人民おぼれ 死するもの幾千人といふ数をしらす(知らず)今日第三回忌にあたれるをもって彼亡者のぼだい(菩提)のため此あみた仏を造立し なかく(永く)こゝにあんち(安置)し奉る かねては又往来の貴賎男女総してその尊体を拝し 心々の回向をなさしめ 自他平等の利益とせんことをねがふのみ』

 本文に続いて、願主の縁につながると思われる8人の法名を刻み、文末は「乃至法界平等利益」と締め括っている。8人の内4人は子ども、3人は女性であり、悲惨な現実に出会う。願主の京都住人、大八木弥右衛門は3回忌にあたって、数知れない多くの人びとと、そのなかにいた近親者の菩提を弔うために、石仏を造立したのである。
 
  【記録からみえる未曾有の大洪水】
   長く書き継がれてきた相楽(さがなか)神社(木津町相楽)の「当役記録」は、木津のようすをこう書いている。
 8月18日夜より木津川筋は大洪水となり、木津では流家・潰家700軒余、流死は100人余りあった。上津では水面は御霊宮の鳥居の貫(横木)にまで達したという。
 木津川沿岸の村むらに大きな被害をもたらしたこの正徳洪水では、具体的な事実の記録とともに、村役人から年貢免除や村方検分の願出、街道の道筋の付け替え、神事の変更など、いろんな史料が伝えられている。

 なかでも村全体や、その1部が集落の場所を変えている事例まである。

 加茂郷(加茂町の木津川南岸地域)の里村は、今日の「船屋」の近くにあったが、南の山裾のいまの位置へ「宅替」つまり移動したことが史料で確かめられている。ここでは大洪水に出会ったことによって「賀茂」を「加茂」に改めたという言い伝えが語られるようになった。正徳以前にも、以後にも、2つの表記が使われていることから、これは史実ではなかったが、人びとの悲しい思いと願いが反映したロマンだったのだろう。
 祝園(ほうその)村(精華町)では、300軒の家の内220軒が流されたり潰れたりして53人が亡くなった。内60軒の南村(字古屋敷)は、水の漬かない西方へ移って新村を建てた。

 防水や治山治水の仕事の経費のほとんどは広範囲の村むらの負担で行われていた。その大規模な事業は、明治以後まで待たなければならなかった、といえよう。
  【引き継がれている願主の祈り】
 
▲銘文の文頭部分
採拓・故田辺隆邦さん(1958年)
 もともと木津川堤(つつみ)のうえに造立されたこの供養石仏は、今、正覚寺で安住の地を得ている。いつも花が手向けられ、時には線香の煙が立つ。ずっと回向が続けられているのを知ることができる。
  ※木津町史本文篇、加茂町史第2巻近世編・第5巻資料編2、加茂町史編さんだより
  「あじさい」第8号、精華町史本文篇・資料篇U、城陽市史第4巻、元禄村方日記、山城町史本文編・資料編を参考にしました。

 
■著者プロフィール■

昭和7年生まれ
 38年間、山城地域の小・中学校に勤め、現在、城南郷土史研究会 代表。
山背古道探検隊長。
 「木津町史」、「山城町史」などの町村史と「京都府の地名」(平凡社)、「山城国一揆」(東大出版会)、「けいはんな風土記」(同朋社)などの編集や執筆に加わってきた。

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